苦労が与えてくれるもの
高校時代に思ったことがある。
平凡な幸せより、苦労している人の方が、結局大きな幸せを得るということ。立った状態でジャンプするより、しゃがんでからジャンプしたほうが高く飛べる。そんなやつ。
自分も9歳の時に父親をガンで亡くした。もちろん大打撃だったわけだが、どこかの私は非常に冷静に受け止めていてなおかつ、これは「与えられたものだ」と感じ取っていた。ほどなくして受けた中学受験では100人以上の塾で私だけがハイレベルの中学に合格するという快挙を成し、私の感覚にあった「苦労によって得るものがある」が現実になった。
1,2年前から「お金持ちと結婚したい!」めいたものは一切なくなった。10年くらい前は顕著にこの欲求を持っていた。お金持ちとの結婚が、唯一の優雅な生活への切符だと思っていた。
自力で成功しお金持ちとなった親友もたくさんいるので、それで人柄を判断するわけでは全くない。
そして一生貧乏でいたいわけでは全くない。貧乏人と結婚することを正当化するわけでもない。
ただ自分が成し遂げたいことがまだあって、それは困難のある環境から出てくる予感があるだけだ。そして、自分が望むものを、自分の力で得たいんだと思う。それが資本主義でいう成功なのか、はたまた金銭という存在を否定した生活なのか、イマイチわからないんだけど。
ちなみに人間は楽な方を選んでしまう生き物だ。どんなに有能な人でも、好きなことでも、何か仕組みや期日がある時の方がパフォーマンスを発揮することは真理だと思う。
物価が日本の1/3の国の人と結婚する場合、その経済力の差は現実として存在する。そこをどう考え、どう貫けるだろうか。私の価値観や、芯の強さが鍛えられる。
未来には想像もできない苦労・苦難もあるのかもしれないし、今思ってることが「綺麗事だった」と悔やむのかもしれないけど。それも含めてやってみないとわからない。
このTEDはよかった。
整ってない環境のほうが人間はクリエイティブになれるよね、って話。
http://www.ted.com/talks/tim_harford_how_messy_problems_can_inspire_creativity#t-578608